大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(ネ)2150号 判決

控訴人

小田切洋

被控訴人

萩原武雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

〔申立〕

(一)  控訴人

「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年三月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める。

(二)  被控訴人

主文第一項同旨の判決を求める。

〔主張及び証拠関係〕

一  当事者双方の主張は、次のとおり付加又は訂正するほか、原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」の項に記載されたとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表末行の次に、行を改めて、次のとおり付加し、同二枚目裏一行目の「(三)」を「(四)」に改める。

「(三) 控訴人は、をの代理人として、同年九月中に被控訴人の代理人である訴外中根正男に対し本件売地につき所有権移転の本登記手続及び土地引渡の履行の提供をした。」

2  同三枚目裏一〇行目の「(三)」を「(四)」に改め、同四枚目表一行目の「事実は認め、」の次に「同(三)の事実は否認し、」を加える。

3  同四枚目裏四行目の「無効である。」と五行目の「2 右誤信は」を、「無効であるが、右誤信は」と、同八行目の「欺いたことによる。」を「欺いたことによるものであつた。」とそれぞれ改める。

4  同九行目から一一行目までを次のとおり改める。

「2 また、被控訴人が本件売地に建物の建築をするためには右土地に接する水路の位置を関係土地所有者らの同意を得て変更する必要があつたところ、右水路変更につき小田切をら関係者の協力が得られず、このために被控訴人は右土地上に建築しようとしていた建物につき建築確認を受けられなくなつた。

3  被控訴人が本件売地の売買代金の支払をしなかつたのは、以上のような事情によるものであるから(なお、被控訴人は昭和五六年一月に小田切をを相手どつて調停の申立をした際右水路変更に対する妨害を理由として本件売地の売買契約を解除する旨の意思表示をし、更に同年七月一五日、小田切をの代理人である控訴人に対し、前記詐欺を理由に右契約を取り消す旨の意思表示をした。)、これについて被控訴人は損害賠償責任を負うものではない。」

5  同五枚目表二行目の次に、次のとおり付加する。

「被控訴人主張の水路の変更は、本件売地の東隣の土地を所有する小田切をにとつても、本件売地の使用のために右東隣の土地の一部を通路として提供する必要がなくなり、また控訴人方の家庭排水を直接水路に排出できることになる点で有利なものであつたから、控訴人側はいつでも水路変更に協力する用意があり、事実これに協力して被控訴人のために関係者の同意を取りつけてやつた。被控訴人は、本件売地の残代金の支払に窮して難癖をつけているにすぎない。」

二  証拠関係〈省略〉

理由

一債務不履行責任について

控訴人は、被控訴人が本件売地を小田切をから買い受けたことを前提として、被控訴人は控訴人に対しその本件買地取得に積極的に協力すべき売買契約上の附随義務を負つており、本件売地の代金の支払を遅滞することによつて右義務の履行を怠つたものである旨主張する。

しかしながら、右主張によれば、被控訴人は小田切をとの間に売買契約を締結したのであるから、被控訴人が契約の当事者でない控訴人に対し契約上の義務を負担するものというためには、その旨の特約がされていなければならず、控訴人主張のように単に本件売地の代金をもつて本件買地の代金の支払に充てることが予定されていたことを被控訴人において知つていたというだけでは足りないところ、右特約の存したことについてはなんら主張がない。

したがつて、被控訴人に対し債務不履行を原因として損害賠償を求める控訴人の請求は、主張自体失当というべきである。

二不法行為責任について

(一)  〈証拠〉によれば、(1)控訴人は、昭和五五年三月ごろから訴外小宮山誠との間で、本件買地を代金二〇〇〇万円、代金弁済期同年六月末日との約定で買い受ける旨の契約を締結したこと、(2)右売買代金の支払については、控訴人の母で控訴人と生計を共にしている小田切をの所有する本件売地を売却し、その代金を控訴人がをから貰い受けてこれに充てることが控訴人とをとの間で合意されていたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  被控訴人が昭和五五年三月一五日に小田切をから本件売地を代金二〇四四万一三〇〇円で買い受けたが、代金のうち一〇四四万一三〇〇円については支払未了であることは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、(1)本件売地の代金の支払については、当初は、契約締結時に手附金三〇〇万円を支払い、残金は本件売地の地目が田であるところから小田切をにおいて農地法四条の転用の許可を得たうえ所有権移転登記手続と引換えに支払う約定であり、被控訴人は右手附金を支払つたが、その後昭和五五年七月三一日に小田切をと被控訴人との間で成立した調停により、(イ)県知事に対し農地法四条の許可の申請に代えて同法五条一項三号所定の所有権移転許可の申請をする(調書上右のとおり記載されているが、同号所定の届出をする趣旨と解される。)こと、(ロ)被控訴人は同年八月末日限り中間金七〇〇万円を支払い、本件売地につき停止条件付所有権移転仮登記を受けること、(ハ)右(イ)の許可があつたときは、直ちに右仮登記に基づく本登記手続と引換えに残代金一〇四四万一三〇〇円を支払うこと等を内容とする合意が成立し、被控訴人は同年九月中に中間金七〇〇万円を支払つたこと、(2)をは、同年九月二四日ごろ甲府市農業委員会に農地法五条一項三号所定の届出をしたうえ、そのころ、訴外中根正男を介して被控訴人に対し、その旨を通知するとともに、本登記手続及び土地の引渡の履行が可能となつたので残代金を支払うよう催告したが、被控訴人は、本件売地の通路として右土地に隣接するをを所有地を被控訴人との共有にしてもらいたいとして調停を申し立て、あるいは本件売地に接する水路の変更につき関係者の同意が得られないので土地買受の目的が達せられないと主張するなどして右催告に応じようとしなかつたこと、(3)被控訴人から残代金の支払がなかつたために、控訴人は、小宮山誠に対し本件買地の代金を支払ことができず、同年一〇月上旬に小宮山から右土地の売買契約を解除されたこと、(4)控訴人は、小田切をの代理人として本件売地の売買に終始関与し、右土地の売買代金を本件買地の代金の支払に充てる予定である旨を売買契約締結に際して被控訴人に告げていたこと、以上の事実が認められ、被控訴本人の供述中右認定に反する部分は措信できない。

(三)  以上の事実関係に基づいて検討するのに、本件売地の売買代金債務が履行されないことによつて直接に損害を被るべき者は債権者たる小田切をであり、控訴人は間接的な被害者であるが、控訴人とをとは生計を一にしていて経済的に一体の関係にあり、かつ、被控訴人はその債務を履行しないことにより控訴人が本件買地を取得できなくなることを認識していたものということができる。しかしながら、仮に、本件売地の残代金を支払わなかつたことが被控訴人の故意又は過失によるものであつたとしても、直接の被害者たる小田切をは、本件売地の売主として、民法四一九条一項及び五七五条二項の規定により、右土地を被控訴人に引き渡すまでは売買代金債務の履行の遅滞による損害の賠償を被控訴人に対して請求することができないものであるところ、をが右土地を被控訴人に引き渡していないことは控訴本人尋問の結果によつて明らかである。そうすると、右遅滞は、そもそも直接被害者たるをに対する損害賠償義務を生ずべき性質の行為ではないのであつて、このような事情のもとでは、間接被害者たる控訴人は、をとの経済的一体性を前提として控訴人に対し損害の賠償を請求することはできないものと解すべきである(をないし控訴人としては、必要ならば契約解除等の手段に訴えることもできるのであるから、右のように解しても控訴人に酷であるとはいえない。)。

そのほか、被控訴人が積極的に控訴人に損害を与える意思で前記売買代金債務の支払を怠つたものであるなど、被控訴人の控訴人に対する不法行為の成立を根拠づけるような特段の事情が存したことについては主張・立証がない。

(四)  よつて、その余の点について判断するまでもなく、不法行為を原因として損害賠償を求める控訴人の請求も理由がない。

三以上の次第で、本訴各請求を排斥した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(下郡山信夫 加茂紀久男 大島崇志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例